読むと旅行したくなる純愛小説

恋に不器用な男の書いた純愛ストーリー


夜になって、わたしはケネディハウスにいた。

田口は、重苦しい顔をしていた。
 

「宅急便の伝票は調べたかい・・・?」
 

わたしが言った。
 

「はい・・・」

「何がわかったんだ・・・?」
 

聞かなくても答えはわかっていた。
 

「はい・・・伝票の中に高木さん・・・あなたの名前を見つけました。深大寺池ノ上橋から約100メートルの所にあるデイアンドナイトというコンビニエンスストアに事件当日・・・つまり2月2日付けの伝票の中にあなた自身が柿の木坂のあなたのマンション宛に送った宅急便がありました。受付時刻は19時35分でした。」

「そうか・・・」
 

長い沈黙があった。

田口は、もう自分から話す気はないらしい。
 

「僕はこの犯人が許せないんだよ・・・正義感ぶったそいつの顔を一発殴ってやりたいとずっと思っていたんだ。」

「これはあなたが犯人であるという証拠ではありません。」
 

そういって伝票を見せた。
 

「でも、僕の部屋にTR-2500というトランシーバーがあったのは事実だ。しかも、周波数は145、62にセットされたままだった・・・それに、マモルがわたしになついている。」

「だからどうしたって言うんです。それは、単なる偶然かも知れません。証拠にはなりません。」

「そんな偶然なんかない!」
 

大声を出してしまったが、誰も気づかなかった。
 

「わたしは、これを証拠として扱う気はありませんから。」
 

そう言って持っていたライターで火をつけた。

一瞬のうちに燃えあがり過去が消えた。

まるで都合の悪い記憶を消しゴムで消すみたいだった。
 

「わたしもこれ以上のりこさんと可南子さんを傷つけるつもりはないんです。もういいじゃありませんか。誰もこの犯人の告発を望んではいないんです。ただ・・・警察のメンツがつぶされる・・・それだけのことです。」

「でも、おれは・・・」

「もし、のりこさんが、可南子さんが、

あなたが犯人だったって知ったら・・・それが望みですか? 僕は許しませんよ。彼女達をこれ以上苦しめるなんて。」
 

やりきれない気持ちだった。
こんな中途半端な結末で高木は良かったんだろうか・・・そう、きっと高木もやりきれなかったに違いない。
正義が勝つとは限らない・・・それは映画の中だけでの話。
うやむやに終わってしまうもどかしさを自分なりに決着を付けようとした。
世間の気持ちを代弁する形で・・・でも、それは間違っている。
あまりにも自分勝手だ。
絵里子に罪はない・・・ましてやマモルも、のりこも可南子も・・・自分の犯した罪は大きい・・・なのに、罰を受けることさえ許されない。
 

「・・・残りの金はどうしたんだろう・・・?」

「わかりません・・・もし、見つかったらどうします?」

「もちろん、高木の意思を継いで寄付するさ。」

「でしょ?・・・やっぱり、あなたを捕まえる訳にはいきません。」

 

 外に出ると六本木の夜は一段と冷えこんでいた。

そろそろ可南子の家を出る必要があるな・・・そう心で決めて夜空を息で一瞬白く濁したあと、田口と黙って握手を交わした。
田口の手は温かく・・・それが何よりもの救いだった。


3月16日
 

 昨日の雨が嘘のように晴れ渡っていた。
これを小春日和というのだろう。
大きく息を吸い込んでゆっくりと吐いた。
 

「ごんべえさん、ホラホラお布団を干すんだからちょっとそこをどいてってば・・・」

「ごめんごめん・・・しかし、のりこ・・・なんだか平和だなぁ・・・」
 

ベランダに頬杖をつきながらぼんやり駒沢公園の方を眺めていた。

TOKIO CITY NEWSは辞めようと考えていた。
もう前の高木に戻る気にはなれなかった。

電話が鳴った。
田口だった。
夜ケネディハウスで会う約束をした。

マモルが部屋の中を走り回っている。
 

「ね、これスイッチでしょ?」
 

例のコードレスフォンを持ってのりこが言った。
 

“ガァーガァー”と雑音がひどかった。

そして聞こえた。

“ジュリエット・パパ・ワン・リマ・アルファ・リマ、JPワンLAL
 

「びっくりしたぁ・・・なにこれ?」
 

わたしは凍りついていた。

そしてその液晶画面を見た。145、62・・・

マモルがわたしに向かって“おじちゃん!”と笑いながら駆け寄ってきた。

 



3月15日
 

 今日は、朝から雨が降り少し肌寒かった。

何を着ていこうか迷った。
まず靴から決めた。
バックスキンでない方のデザートブーツにした。
これは柿の木坂のマンションから持って来ておいたものだ。
気分的にはコーデュロイのパンツをはきたかったのだが、のりこの勧めで紺のチノパンにした。
シャツは、これものりこの勧めでパパスのボタンダウン。
その上にベージュのPコートを羽織った。
時計はスウォッチのオートマチック・・・完璧だ。

のりこの言う通りにしていると金がかかって仕方がない。

松永との約束の時間にはまだ時間があったので銀行に寄った。
キャッシュカードはあるが暗証番号は覚えていない。
いちいち窓口で手続きをしなくてはならない。
係の行員に印鑑と通帳を添えて出した。

近頃カードを使わない客はよっぽど珍しいのだろう。
少し怪訝な顔をした。
 

「記憶喪失なんです・・・」
 

本気にされずに営業スマイルで軽くあしらわれてしまった。

5万円を引き出したが、まだ200万ほど入っている。
会社からは1月分と2月分がきちんと振り込まれていた。

TOKIO CITY NEWSの1階にコーヒーショップがある。
中はゆったりと広くテーブル同士があまりくっついていない。
ここでは、人に聞かれてはならない話をするのにいいようになっている。
BGMも少し大きめだ。

松永は10分遅れて来た。
手にはたくさんの資料を抱えていた。
 

「遅れてすみません。出がけに電話が入ったものですから。これは、高木さんが書いた自筆の原稿と掲載誌をスクラップしたものです。昨年の9月にスクープした記事がこれです。」
 

9月8日火曜日の一面トップに就職出版社の株式公開にまつわる汚職疑惑発覚と大きく見出しがついている。
8日以降約1ヶ月この事件が一面を飾っているが、11月に入るとほとんど記事としての迫力を欠いている。
そしてさらに江渕は同系列の不動産会社の地上げに絡んで数100億の金を不正に取得し、それを裏金に使おうとしていた疑いも持たれたが、これは立件できずに不起訴になっている。
 

「そうまでして江渕は何を手に入れようとしていたんだろう? 結局、すべてを失った。お金よりも大事な家族までも。なのに甘い汁を吸った大物政治家はかろうじて生き延び、トカゲの尻尾を切るみたいに政治家の秘書のせいになって終わる訳だ・・・我々としてはあくまでも政界首脳の責任追及だったんだろう?」

「そうです。とりあえず首相はじめ当事者たちは議員辞職とまでは行きませんでしたが一線は退きました。これで、ある程度は満足すべきかもしれません。」

「高木は、満足したんだろうか・・・?」

「いえ・・・政党と高級官僚、さらに財界との間の癒着による構造汚職に対して憤りを感じておられました。」

「残念だけど・・・ここにいる高木はその頃の熱意は持っていない・・・」

「わかっています。でも世間はこの間の誘拐事件で、もう汚職事件の方は忘れてしまっています。政治改革も叫ばれるようになり徐々にですがいい方に進んでいると思われます。」

「しかし、高木は満足しなかった・・・?」

「はい・・・」
 

高木のジレンマが痛いほど伝わってくる。
このまま記憶が戻らないことを祈った。
 

「・・・高木さん?」

「えっ?」

「・・・ですから、江渕の居場所がわかったんです。」
 

松永の声に気づかなかった。
 

「えっ、誰の・・・?」

「江渕です。」

「あぁ・・江渕のね・・・」
 

もうどうでも良かった。
江渕を追いつめると可南子が、そしてのりこが傷つく。

わたしは、前にも増して誘拐犯が許せなかった。
正義感ぶっているが、当の江渕よりもその周りの罪のない家族を苦しめているんだ。

昼過ぎにマンションに戻った。
 

「明日,晴れるって・・・そしたら柿の木坂に行って、たまには窓を開けて空気を入れ替えないとね。」
 

のりこが言った。
 

「そうだな。」
 

柿の木坂には車を取りに行って以来一度も行っていなかった。
 

「マモル君も連れて行っていい?」
 

小声で耳打ちした。

声を出さずに“いいよ”と答えた。

可南子が落ち着かず身の置き場所に困っていた。
さいわいのりこが部屋に戻った。

わたしは可南子に近づいて言った。
 

「安田からは、もう二度と電話はかかってきませんから・・・」
 

可南子の上瞼が少し上がった。
 

「もう解決したんです・・・もう大丈夫。いつも通りにしていればいいんです。」
 

可南子は,何も言わずにただわたしの手を強く握りしめた。

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