読むと旅行したくなる純愛小説

恋に不器用な男の書いた純愛ストーリー


  14
 

 12月31日。二人はワイキキビーチにいた。
以前ロケで来たロイヤルハワイアンのマイタイバーでマイタイをすすっていた。
目の前の砂浜には、新しい年をみんなと一緒に迎えようと、大勢の人たちが押し寄せていた。
カウントダウンがはじまり、花火があがった。
先の見えない新年をふたりで静かに祝った。


  13
 

 12月26日、21時45分成田発JAL074便というタイムマシンに搭乗した。
ダイヤモンドの輝きの中を飛び立ち、闇を超えてその日の夜明けに向かって逆戻り。
まさにタイムトリップだ。
 

「19時間だけ過去に戻るって素敵な旅ね・・・できれば、ママが生きてたあの頃に戻りたいけど・・・」
 

「そうだな・・・寒くないか? 向こうに着いたら、まず病院に行こう。」
 

「ありがとう・・・ごめんなさい。」
 

「決めた以上、楽しんでこような。まずは、様子を見るためにしばらくホノルルに滞在するつもりでいる。最初はビッグアイランド。溶岩の上を歩くんだ。真っ赤な溶岩がゆっくりと流れているその上をね。そして、4、5年前に朝子を連れて行った時に持ち帰った溶岩のかけらを返してきたいんだ・・・つき合ってくれるかい?」
 

「いいよ・・・でもどうして?」
 

「溶岩を持ち帰ると、女神ペレの怒りをかってしまうという言い伝えがある。その頃俺たちは、それを知らなかったんだ。朝子が死んだのは、ペレの怒りをかったからかも知れないな・・・そして自信がついたらマウイにわたって『星の降る山』に登ろう。星を見るならハワイ島のマウナケアの方がいいんだけど富士山よりも高い山だからな・・・今回は無理をしないでおこう。」
 

「クジラも見たいな。」
 

「そうだな、ちょうど今、ザトウクジラがアラスカからやってきているんじゃないかな。マウイではハナマウイに泊まろう。すてきなところだよ。そして、ついでにラナイにも足をのばしてみるか。誰にも教えたくないくらいに素敵な島なんだ。うれしいことに、日本人をあまり見かけない。それからカウアイに渡っていよいよ虹の生まれる里だ。そこがこの旅の最終地点。」
 

「こんな旅、ツアーじゃ絶対に経験できないね。」
 

「そう、俺以上のガイドはいないからな。それが、今は美奈専属のガイドだ。」
 

こんな無謀な旅をするべきなのか、恭平は未だに迷っていた。
もし、美奈に何か起きたら殺人者だ。
ホノルルの病院には、日本から連絡を入れておいた。
学生時代の友人が医者として勤務しているのだ。
恭平は、美奈がどのような治療をしていたのか彼に詳しく事情を話した。
そして、日本と同じ治療を約束してくれた。
でも、週に2回、通院しなければならなかった。
恭平と美奈は、カオニアナオレハイウェイ沿いのサンディビーチが目と鼻の先に見える高台に、家を一軒借りた。
しばらくは、そこをベースにするつもりだった。

真っ青な空に白い雲、そして真っ青な海に白い波が、カラフルな色達を生き生きとさせている。
恭平はラナイのデッキチェアに座ってしばし打ち寄せる波を見ていた。
美奈は手すりに体を預けて、海の香りを運んでくる風を、全身に受け止めている。
 

「ここ、風が気持ちいいね。風が木の葉とおしゃべりしてるみたい・・・時計をする意味があるのかしら・・・こんな自然を相手にしているとハワイにはハワイの時の流れがあるって感じがする。」
 

男物のオメガのスピードマスターを外しながら、美奈が言った。
 

「ビーチまで下りてみるか?」
 

「うん!」
 

「日陰に入ると結構寒いから、これを持って行って。」
 

美奈に薄手のカーディガンを渡した。

二人は、直射日光を避け、パームツリーの木陰にゴザを敷いて座った。
ABCストアで買ってきた安いやつだ。
木陰は風が抜けて涼しい。
太陽が雲の中に入ってしまうと、寒いくらいだ。
二人で、ボディサーフィンをする若者たちを見ていた。
サンディビーチはサーファーに人気のビーチで、この時期はクジラが近くに来ることもある。
 

 こうやって二人は、午前中はいつもビーチに寝転んでいろんなことを話したり、本を読んだりして過ごしていたが、午後になると車でドライブした。
サンディビーチから、北に上がってゆくと、パカプウポイントがある。
ここは、オアフで一番の壮観な眺めと、息を呑むほど美しいビーチがある。
マカプウヘッドを通り過ぎると見事なパノラマが現れた。
頂上の海側に小さな駐車場があったので、そこに車を停めた。
そこから眺める景色は絶景なのだ。
 

「言葉にならない。水平線の彼方まで鮮やかなターコイズブルーとエメラルドグリーンで染まっているなんて・・・私が知っている色の名前だけじゃ表現できない・・・あの小さな島は、なんて言うの?」
 

「大きい方が、マナナアイランドで通称はラビットアイランド。昔、ヘリで真上を飛んだことがある。火口付近にはたくさんの海鳥の巣があるんだ。そして、手前の小さい方が、正式な名前は忘れたけど通称タートルアイランド。残念だけど、どちらも今は立ち入り禁止なんだ。」
 

真っ青な空に、いくつものハングライダーが円を描いていた。
美奈が一番好きなビーチは、ノースショアのワイメアビーチだ。
ここは、サンセットビーチと同じくらいサーフィンの盛んなところで、世界中のサーファーたちが集まってくる。
 

「ね、見て!ウミガメ!」
 

砂浜から20メートルくらい先を2匹のウミガメが泳いでいるのが見えた。
美奈は自由に泳ぎ回る魚やウミガメに何を感じているのだろうか・・・生きていて欲しいと恭平は思った。


  
12
 

 美奈のおかげで、恭平は仕事も順調だった。
迷ったときには、美奈に意見を聞いた。
出会って半年が経ち,今ではかつての朝子のように、仕事のパートナーとして大切な存在になっていた。
 

 そして、11月の終わりに美奈が仕事中に極度の貧血で倒れた。
一報を聞いたとき、恭平は五反田のスタジオで編集中だった。
すぐにでも駆けつけたかったが、終わったのは明け方の3時だった。

いったん自宅に戻り、シャワーを浴びて出かけたが、面会が許される10時まで車の中で待たなければならなかった。
時計をにらみながら地獄のような長い時間を過ごした。

不安な気持ちで病室のドアを開けたとき、美奈は眠っていた。
点滴が痛々しい。

明るい日の差す個室だった。
白い壁のところどころにピンクがきいている。
清潔な窓際に花瓶があったが、まだ花は生けられていない。
継母の佐伯悦子が付き添っていた。
若くてきれいな人だった。
年の頃は40代前半か・・・恭平は、あまり自分と変わらないなと思った。
着ているものを見て裕福さがうかがえる。
美奈の話を聞いていたから、恭平は一瞬かまえてしまったが、性格的には想像していたほど派手な感じはなく、むしろ人に安心感を与える人だと思った。

自己紹介をした。
恭平のことは、すでに美奈から聞いていたらしい。どのように説明していたのだろうかと思った。
美奈の父親は、仕事が忙しくて、まだ来れないと言う。
驚いたことに父親は、
佐伯コンツェルンの代表者だった。
美奈をひとり娘として溺愛していると言うが、その後も、
恭平は一度も美奈の父親に直接会うことはなかった。
 

 病名は白血病。
最近は、随分医学の力で治癒力が高くなってきているという病気だ。

 

「やぁ・・・」
 

目覚めた美奈にかけた最初の言葉
 

「やぁ・・・」
 

恭平に返した美奈の最初の言葉
 

「どうしてこんなことになっちゃったんだろ私。」
 

「ちょっと無理し過ぎちゃったんじゃないか?」
 

「ごめんなさい、心配かけちゃいましたね・・・」
 

「ほんとにね、でも顔を見て安心したよ・・・」
 

お互いに、ちょっとぎこちない挨拶を交わした。

気を利かせて佐伯悦子がさりげなく部屋を出て行った。

それなのに、二人は見つめ合うだけで何も言葉を交わさない。
美奈は、恭平がいてくれているだけで心強く思い、恭平は美奈の顔を見ただけで胸が熱くなっていた。
 

・・・愛しているのだ。

失いたくないとお互いが感じた瞬間だった。

 

 その日から、恭平はできるだけ新しい仕事を入れないようにして、足しげく見舞いに通った。

見舞いに行くたびに、お見舞いの花が増えている。
花瓶に生けられた花は、毎日悦子が水を換えていたからいつも生き生きしていた。
 

 その後しばらくスタジオに缶詰になっていた恭平は、最後に会ってから1週間ぶりに病院に行った。

ドアを開けると、美奈が一瞬こちらを見て、窓の方へ顔をそむけてしまった。
 

「ずいぶん、顔色が良くなったんじゃないか?」
 

窓の外から差し込む光が、そう思わせたのかも知れない。

美奈は、わざと頬を膨らませて怒ってみせた。
 

「ほら、プレゼント。」
 

恭平がハワイの写真集を手渡すと、すぐに笑みが戻った。
 

「橘さん・・・」
 

佐伯悦子が、目配せをして外に出るように合図した。
 

「すぐに、戻る。」
 

また、膨れてしまった美奈を病室に一人残して、恭平と悦子は1階の食堂に行った。

病院の中庭が見渡せるテーブルを選んでしばらく何も言わずに庭を眺めていた。
春を待つ間の殺風景な花壇は、
恭平の心を和ませてはくれなかった。
 

「美奈とは、うまくいっていますか?」
 

「ええ、なんとか・・・積極的に口をきいてくれるわけではありませんが・・・」
 

先ほどから、いつもと様子が違う彼女の表情が気にかかっていた。
 

「美奈の、病状のことですか?」
 

「はい・・・実は、美奈は白血病と言っても、正式には慢性骨髄性白血病なんです。」
 

「慢性と、急性では違いがあるんでしょうか?」
 

「簡単に言うと、急性ほど楽観視できないということなんです。もうすでに移行期と呼ばれる状態で、効果的な化学療法はないんだそうです。今行っているのは、なんとか慢性期に戻そうという治療なんだそうで・・・。」
 

「もし、戻らなかったら?」
 

「・・・その時は、もう骨髄移植しか方法がないんです。」
 

「じゃぁドナーさえ見つかれば・・・」
 

「彼・・・いや美奈の父親は適合しませんでした。それに、もう母親は亡くなっています。あとは適合するドナーが現れるのを、根気よく待つしか方法はないんです。でも、その適合者は数千人に一人いるかいないかなんですって・・・」
 

そう言うと、その場で泣き崩れてしまった。
 

「母親さえいてくれれば、まだ可能性があったのに・・・私のせいで・・・」
 

「でも、医学がこれだけ進歩した世の中なんです。あの美奈が死ぬなんてことは、絶対にありませんよ。」
 

そう言いながらも、また大事なものを失ってしまうかもしれないという不安と絶望感が恭平を覆った。
 

「美奈は、このことは・・・」
 

「知りません・・・でも、うすうす気がついているようです。」
 

実際、美奈に適合するドナーが見つからない場合、後数ヶ月の命と診断された。

 

「私、死ぬのかしら・・・」
 

不安そうな顔を向ける。
恭平の顔色から何かを確かめたいというように。
 

「ははは、馬鹿なこというんじゃない。すぐによくなる。さっきも言ったけど顔色も良くなったじゃないか。」
 

「私、やり残した事がたくさんある・・・虹が生まれる瞬間をまだ見ていない・・・もう一度ハワイに連れてって・・・虹の生まれる里に・・・お願い。」
 

「その前に、ちゃんと病気を治すんだ。」
 

佐伯悦子から病状を聞いたばかりで、恭平はまともに美奈の顔を見ることができなかった。
 

「よくなんてならないよ・・・自分のことだからわかるの。だから、お願い。ここから連れ出して。・・・残された時間を、何もしないでただ死を待つだけのために使いたくない。」
 

実際には、現れるとも限らないドナーを待つだけなのだ。
抗がん剤の副作用が苦しそうで、見ていられない。
すでに脱毛も始まっていた。あの美しい髪が・・・その日から、毎日のように、ハワイ行きをせがまれた。

そして、クリスマスイブの24日に、恭平は心を決めた。
残された時間を待つだけのために消費させるのは、かわいそうだったからだ。
自分の判断が正しいとは思わない。
でも、生きていてよかったと、思わせたかった。

恭平は行き先を誰にも告げずに決行した。

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