読むと旅行したくなる純愛小説

恋に不器用な男の書いた純愛ストーリー

2016年05月


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菜緒の記者会見のおかげで写真集は爆発的に売れた。

大沼が悔しそうにしているのが目に浮かぶようだった。

僕は、久しぶりに佐島さんに報告がてら電話をかけてみた。
 

「売れていますよ。遠山さんによると大変な反響で、また増刷することになったそうです。そちらは・・・例の週刊誌の件でその後もご迷惑をおかけしているなんてことはありませんか?・・・そうですか、なによりです。こちらは、かえって菜緒の株が上がっていい方向に進んでいます。逆に、写真集の発売に合わせて我々が仕組んだんじゃないかと勘ぐるものもいまして・・・いえ、大丈夫です。菜緒は心配いりません。」

 

僕は、この数ヶ月を過ごして来てそろそろ帰国することを考えていた。

心の整理が必要だった。

菜緒が自立し始めた・・・次は僕の番だ。

菜緒と佐島さんの生き様を見て、今自分が何をすべきなのか?あらためて考えてみようと思っていた。

いつか、本当の自分を見つけて・・・本当のジェウォンとなってもう一度菜緒に会えたら・・・

すべてを整理して、本来のジェウォンに戻るべく・・・もう一度最初からやり直すべく、菜緒のマネージャーを辞めることにした。

 

そして、すべてを清算すべく友人から送られて来た荷を解いた。

 


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「私は、両親を亡くしてパパの愛に飢えていました。佐島さんは私のことを本当の娘のように接してくれた。私は佐島さんをパパのように慕って甘えていただけです。佐島さんとの関係は写真集を見ていただければわかると思います。」
 

「佐島さんが浮気をしたことで奥様が自殺をしたって知っていましたか?」
 

「佐島さんが浮気をするなんて考えられません。佐島さんが愛しているのは奥様だけだったし、今でもそう・・・だけど、佐島さんは自分の愛が足りなくて奥様が自殺したと思っています、奥様への愛を信じてもらえなかった自分を今でも責めているんです。だから仕事を辞めて日本を離れた。そんな人が浮気をしたと思いますか? そっとしておいてあげてください。」
 

たったこれくらいの記者会見で事態が収まるとは思っていなかった。
これからも執拗に追いかけられるだろう。

でも、大事なことは正直にいること、そして堂々としていること・・・なんとしてでもわたしが佐島さんを守らなきゃ・・・
だから、この騒動がおさまるまで誠意をもって対応しよう・・・そう思っていた。


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すごい反響だった。

街に貼られた菜緒のポスターは貼ったその場から剥がされていった。

取材はもちろんドラマの話、映画の話が次々と舞い込んだ。

そんなとき、遠山さんから電話があった。

菜緒と佐島さんの写真集を出さないかという提案だった。

佐島さんが撮った菜緒の写真と菜緒が撮ったウブドの写真のコラボレーション。

 

そして、校正刷りが上がって来た頃、事件は起きた。
 

“藤本菜緒、妻を自殺に追いやったカメラマンとの禁断の恋”

菜緒がガゼボに寝そべってそばに座っている佐島さんの手を握っている。

ゴシップ誌アウトフォーカスの記者から、この記事を止めたいなら5000万を支払えと言って来た。

麻起子さんと緊急会議。
 

「事実なの?」
 

「いえ・・・ただ、佐島さんは菜緒の父親に似ているんです。だから佐島さんに恋心を抱いたのは事実ですが、あの二人にやましいことは絶対にありません。」
 

「この写真はどうみても手を繋いでいるわよね・・・」
 

「はい・・・僕もそばにいましたから・・・」
 

「そうなの?!」
 

「ただ、彼等は僕がそばにいたことを知りません。」
 

「でも・・・どうして?・・・誰かが二人の関係を怪しいと思ったのよね・・・それは誰?」
 

「たぶん、怪しいと思ったんじゃないと思います・・・」
 

「どういうこと?」

 

・・・ここまで執拗な男・・・あいつしかいない・・・

 

「心当たりがあるんです。彼は、また佐島さんに同じことをしようとしている・・・佐島さんをまた陥れようとしている。」
 

「彼って・・・誰のこと? 狙われたのは菜緒じゃなくて・・・佐島さん?」
 

「麻起子さんは知らない方がいい。とにかく、この記事は無視しましょう。そして菜緒には自然体でいるように言いましょう。菜緒は、賢い子ですから大丈夫、心配いりません。・・・だから・・・この件は僕に任せて」

 


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  菜緒の温もりを感じながら、由季のことを考えていた。

撮影旅行から帰って来た時に、由季は必ず僕に抱きついた。

離れようとする僕に、
 

「だめ・・・がまんして・・・サクちゃんが色んな人と出会って・・・いろんな風景に出会って・・・何かを感じて帰って来た体をこうやって抱いているとね、私も幸せって感じるの・・・だから、もう少しがまんして・・・」
 

愛されるって、温かくて心地いいものだったんだ・・・

その心地よさを今僕だけが感じるわけにはいかない。

僕が今こうして生きているのは、由季を今でも愛しているからだ。
由季をもう一度愛する資格を得るためにこうやって生きている・・・
菜緒はそれを僕に気づかせてくれた。

そんな菜緒をまた絶望の渕に追いやる訳にはいかない・・・僕の気持ちをわかってほしかった・・・

両手で菜緒の手を包み込んだ。


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最後の夜は二人きりだった。

いつものように星のきれいな夜だった。

星と戯れ、蛍と戯れながら・・・ただいたずらに過ぎてゆく佐島さんとの最後の時間を過ごしていた。
 

菜緒は、ここに来たときからずいぶん変わった・・・」
 

「・・・」
 

菜緒が、幸せになること・・・それが、ご両親が望んでいること・・・たくさんの人から、たくさんの愛を受けて幸せになること・・・そのことに気づいてくれたのならとてもうれしい・・・」
 

「まるで、パパみたい・・・」
 

「オレはそういう気持ちで菜緒と接して来た・・・」
 

「帰りたくない・・・」
 

「ここに来る人はみんなそう言うよ・・・」
 

私は、佐島さんの指に指を絡ませ、もう片方の手で腕を引き寄せた。

佐島さんの心を確かめたかった。

何も感じない・・・佐島さんが信号を送ってこない。

 

・・・愛されていない。

 

涙がこぼれた。

父と母が死んだと聞いた日の・・・あの感情がよみがえってくる。

私を愛してくれた大事な人を無くしただけでなく・・・今,私が愛している人は見向きもしないで離れてゆく・・・再び味わう絶望の孤独感・・・

佐島さんが、絡まった指を解いて私の手を両手で包み込んで言った。
 

「ここは、菜緒が暮らすところじゃない・・・みんなの愛を受けるということは、みんなに愛を捧げるってこと・・・きっとそのために菜緒は生まれて来たんだと思わないか?・・・ここにはまたいつでももどって来れる。」
 

「佐島さんは、なぜここにいるの?」
 

「愛のため・・・もう一度妻を愛する資格を得るため・・・」
 

「奥様は、もう亡くなったんでしょ?」
 

「だから、こうして妻への愛を証明している・・・」
 

「そんなに愛されていて、奥様は幸せね・・・」
 

「・・・」
 

「じゃぁ、もう他の人を愛することはないの?・・・」
 

「ない。」
 

佐島さんはすかさず言い切った。
 

「もし・・・佐島さんのことを愛する人がいたら・・・」
 

「オレには、愛される資格がない・・・だからもう人を愛する権利がない・・・」
 

「・・・そう・・・でも、私は愛しているから・・・勝手に愛しているから・・・」

 

・・・パパの最後の言葉を思い出した・・・

 

「今から迎えに行くから・・・お前を愛している。いいか、パパはママとお前だけを愛しているんだ。」・・・
 

あのとき、なぜ言わなかったのだろう・・・“私も愛している”・・・と

パパに言うべきだった言葉を今佐島さんに向けて言った・・・

 

菜緒・・・また、父親が恋しくなったらいつでもオレに会いにくればいい・・・」
 

「私は、父のような人じゃないとだめなの!佐島さんといると父を思い出す・・・だから、ずっと一緒にいたい・・・」
 

「菜緒にふさわしい人は周りにたくさんいるさ・・・今は気づいていないだけ・・・でも、それがオレじゃないことは確かだ・・・自分の妻さえ愛してやれなかった男なんだ、菜緒のお父さんとは比べものにはならない・・・」
 

これ以上話しかけると大事なものが壊れる気がした・・・ただ少しでも長く佐島さんの温もりを感じていようと思った。

流れ星が流れたが、願い事を唱える暇もなく消えて行った。

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