読むと旅行したくなる純愛小説

恋に不器用な男の書いた純愛ストーリー

2016年06月


夜になって、わたしはケネディハウスにいた。

田口は、重苦しい顔をしていた。
 

「宅急便の伝票は調べたかい・・・?」
 

わたしが言った。
 

「はい・・・」

「何がわかったんだ・・・?」
 

聞かなくても答えはわかっていた。
 

「はい・・・伝票の中に高木さん・・・あなたの名前を見つけました。深大寺池ノ上橋から約100メートルの所にあるデイアンドナイトというコンビニエンスストアに事件当日・・・つまり2月2日付けの伝票の中にあなた自身が柿の木坂のあなたのマンション宛に送った宅急便がありました。受付時刻は19時35分でした。」

「そうか・・・」
 

長い沈黙があった。

田口は、もう自分から話す気はないらしい。
 

「僕はこの犯人が許せないんだよ・・・正義感ぶったそいつの顔を一発殴ってやりたいとずっと思っていたんだ。」

「これはあなたが犯人であるという証拠ではありません。」
 

そういって伝票を見せた。
 

「でも、僕の部屋にTR-2500というトランシーバーがあったのは事実だ。しかも、周波数は145、62にセットされたままだった・・・それに、マモルがわたしになついている。」

「だからどうしたって言うんです。それは、単なる偶然かも知れません。証拠にはなりません。」

「そんな偶然なんかない!」
 

大声を出してしまったが、誰も気づかなかった。
 

「わたしは、これを証拠として扱う気はありませんから。」
 

そう言って持っていたライターで火をつけた。

一瞬のうちに燃えあがり過去が消えた。

まるで都合の悪い記憶を消しゴムで消すみたいだった。
 

「わたしもこれ以上のりこさんと可南子さんを傷つけるつもりはないんです。もういいじゃありませんか。誰もこの犯人の告発を望んではいないんです。ただ・・・警察のメンツがつぶされる・・・それだけのことです。」

「でも、おれは・・・」

「もし、のりこさんが、可南子さんが、

あなたが犯人だったって知ったら・・・それが望みですか? 僕は許しませんよ。彼女達をこれ以上苦しめるなんて。」
 

やりきれない気持ちだった。
こんな中途半端な結末で高木は良かったんだろうか・・・そう、きっと高木もやりきれなかったに違いない。
正義が勝つとは限らない・・・それは映画の中だけでの話。
うやむやに終わってしまうもどかしさを自分なりに決着を付けようとした。
世間の気持ちを代弁する形で・・・でも、それは間違っている。
あまりにも自分勝手だ。
絵里子に罪はない・・・ましてやマモルも、のりこも可南子も・・・自分の犯した罪は大きい・・・なのに、罰を受けることさえ許されない。
 

「・・・残りの金はどうしたんだろう・・・?」

「わかりません・・・もし、見つかったらどうします?」

「もちろん、高木の意思を継いで寄付するさ。」

「でしょ?・・・やっぱり、あなたを捕まえる訳にはいきません。」

 

 外に出ると六本木の夜は一段と冷えこんでいた。

そろそろ可南子の家を出る必要があるな・・・そう心で決めて夜空を息で一瞬白く濁したあと、田口と黙って握手を交わした。
田口の手は温かく・・・それが何よりもの救いだった。


3月16日
 

 昨日の雨が嘘のように晴れ渡っていた。
これを小春日和というのだろう。
大きく息を吸い込んでゆっくりと吐いた。
 

「ごんべえさん、ホラホラお布団を干すんだからちょっとそこをどいてってば・・・」

「ごめんごめん・・・しかし、のりこ・・・なんだか平和だなぁ・・・」
 

ベランダに頬杖をつきながらぼんやり駒沢公園の方を眺めていた。

TOKIO CITY NEWSは辞めようと考えていた。
もう前の高木に戻る気にはなれなかった。

電話が鳴った。
田口だった。
夜ケネディハウスで会う約束をした。

マモルが部屋の中を走り回っている。
 

「ね、これスイッチでしょ?」
 

例のコードレスフォンを持ってのりこが言った。
 

“ガァーガァー”と雑音がひどかった。

そして聞こえた。

“ジュリエット・パパ・ワン・リマ・アルファ・リマ、JPワンLAL
 

「びっくりしたぁ・・・なにこれ?」
 

わたしは凍りついていた。

そしてその液晶画面を見た。145、62・・・

マモルがわたしに向かって“おじちゃん!”と笑いながら駆け寄ってきた。

 



3月15日
 

 今日は、朝から雨が降り少し肌寒かった。

何を着ていこうか迷った。
まず靴から決めた。
バックスキンでない方のデザートブーツにした。
これは柿の木坂のマンションから持って来ておいたものだ。
気分的にはコーデュロイのパンツをはきたかったのだが、のりこの勧めで紺のチノパンにした。
シャツは、これものりこの勧めでパパスのボタンダウン。
その上にベージュのPコートを羽織った。
時計はスウォッチのオートマチック・・・完璧だ。

のりこの言う通りにしていると金がかかって仕方がない。

松永との約束の時間にはまだ時間があったので銀行に寄った。
キャッシュカードはあるが暗証番号は覚えていない。
いちいち窓口で手続きをしなくてはならない。
係の行員に印鑑と通帳を添えて出した。

近頃カードを使わない客はよっぽど珍しいのだろう。
少し怪訝な顔をした。
 

「記憶喪失なんです・・・」
 

本気にされずに営業スマイルで軽くあしらわれてしまった。

5万円を引き出したが、まだ200万ほど入っている。
会社からは1月分と2月分がきちんと振り込まれていた。

TOKIO CITY NEWSの1階にコーヒーショップがある。
中はゆったりと広くテーブル同士があまりくっついていない。
ここでは、人に聞かれてはならない話をするのにいいようになっている。
BGMも少し大きめだ。

松永は10分遅れて来た。
手にはたくさんの資料を抱えていた。
 

「遅れてすみません。出がけに電話が入ったものですから。これは、高木さんが書いた自筆の原稿と掲載誌をスクラップしたものです。昨年の9月にスクープした記事がこれです。」
 

9月8日火曜日の一面トップに就職出版社の株式公開にまつわる汚職疑惑発覚と大きく見出しがついている。
8日以降約1ヶ月この事件が一面を飾っているが、11月に入るとほとんど記事としての迫力を欠いている。
そしてさらに江渕は同系列の不動産会社の地上げに絡んで数100億の金を不正に取得し、それを裏金に使おうとしていた疑いも持たれたが、これは立件できずに不起訴になっている。
 

「そうまでして江渕は何を手に入れようとしていたんだろう? 結局、すべてを失った。お金よりも大事な家族までも。なのに甘い汁を吸った大物政治家はかろうじて生き延び、トカゲの尻尾を切るみたいに政治家の秘書のせいになって終わる訳だ・・・我々としてはあくまでも政界首脳の責任追及だったんだろう?」

「そうです。とりあえず首相はじめ当事者たちは議員辞職とまでは行きませんでしたが一線は退きました。これで、ある程度は満足すべきかもしれません。」

「高木は、満足したんだろうか・・・?」

「いえ・・・政党と高級官僚、さらに財界との間の癒着による構造汚職に対して憤りを感じておられました。」

「残念だけど・・・ここにいる高木はその頃の熱意は持っていない・・・」

「わかっています。でも世間はこの間の誘拐事件で、もう汚職事件の方は忘れてしまっています。政治改革も叫ばれるようになり徐々にですがいい方に進んでいると思われます。」

「しかし、高木は満足しなかった・・・?」

「はい・・・」
 

高木のジレンマが痛いほど伝わってくる。
このまま記憶が戻らないことを祈った。
 

「・・・高木さん?」

「えっ?」

「・・・ですから、江渕の居場所がわかったんです。」
 

松永の声に気づかなかった。
 

「えっ、誰の・・・?」

「江渕です。」

「あぁ・・江渕のね・・・」
 

もうどうでも良かった。
江渕を追いつめると可南子が、そしてのりこが傷つく。

わたしは、前にも増して誘拐犯が許せなかった。
正義感ぶっているが、当の江渕よりもその周りの罪のない家族を苦しめているんだ。

昼過ぎにマンションに戻った。
 

「明日,晴れるって・・・そしたら柿の木坂に行って、たまには窓を開けて空気を入れ替えないとね。」
 

のりこが言った。
 

「そうだな。」
 

柿の木坂には車を取りに行って以来一度も行っていなかった。
 

「マモル君も連れて行っていい?」
 

小声で耳打ちした。

声を出さずに“いいよ”と答えた。

可南子が落ち着かず身の置き場所に困っていた。
さいわいのりこが部屋に戻った。

わたしは可南子に近づいて言った。
 

「安田からは、もう二度と電話はかかってきませんから・・・」
 

可南子の上瞼が少し上がった。
 

「もう解決したんです・・・もう大丈夫。いつも通りにしていればいいんです。」
 

可南子は,何も言わずにただわたしの手を強く握りしめた。


3月13日
 

 のりこは、なかなか起きてこなかった。

いつものトマトジュースは可南子が作ってくれた。

可南子はドリップでコーヒーをたてていた。
ポットの先から糸を引くようにお湯を注いでいる。
柔らかく膨らんだ泡がクリームのようだ。
泡が崩れないように神経を集中していた。
気まずい空気の中にコーヒーのほろ苦い香りが広がった。

わたしから口火を切るべきだと思った。
 

「もし、僕にできることがあったら何でも言ってください。力になりますよ。」
 

可南子は、カップに煎れたてのコーヒーを注ぎ終わるまで何も言わなかった。

わたしは辛抱強く待った。

可南子は、コーヒーカップを両手に挟んで持っていた。
飲む訳でもない・・・ぬくもりを感じている訳でもない。

ひとつため息をついた。
そして今日始めてわたしの目を見た。
 

「安田という男にユスられているの・・・」
 

次の言葉を待った。
 

「安田は、2年前まで江渕の運転手だったんだけど、口が軽くてクビになったの・・・会長付きの運転手って結構な秘密を知り得る立場にあるのよね・・・でも、クビにしたことでかえって寝た子を起こしちゃった・・・最初は絵里子さんのことで江渕に500万要求したの。」

「それで、今度は可南子さんに・・・」
 

可南子は、頷いた。
 

「毎月50万ずつ現金で手渡したの・・・もう1000万にはなったかしら・・・江渕にはずっと内緒にしていたわ。」

「でも世間に知れ渡った今、もうユスられる理由はないじゃないですか。」
 

しばらくの沈黙があった。
 

「お金で済んでいるうちはよかった・・・汚職事件で江渕が会長を退くことになって、わたしに50万は苦しかった。お金で払えないなら体で払えって・・・」
 

田口は、安田のことを知っているのだろうか。

わたしは、西田の言葉を思い出した。
タレ込みは女の声だったと・・・
 

「可南子さん、江渕さんと絵里子さんのことをアウトフォーカスに電話したのはあなたですね・・・?」
 

可南子は目を丸くしてわたしを見た。
 

「アウトフォーカスの西田は僕の友人なんです。」

「そう・・・」
 

また、ひとつため息をついた。
 

「安田は、今度はマモル君のことを持ち出して江渕をユスったらしいの。」

「そして、また断られた・・・それでまた可南子さんに・・・?」

「もうわたしには江渕を護る気力も理由もなかった。だから、わたしは安田から解放されたかったの。」
 

誘拐事件の新しい局面を迎えていた。
 

「会社をクビになった安田は、江渕と絵里子さんのことをネタにユスッたが断られた。そして今度はそれをあなたに話した。あなたは江渕さんを護るために内緒で月50万を払い続けた。しかし、金が続かず体を許してしまった。金に困ったのは安田も同じで、今度はマモル君のことで再び江渕さんをユスった。しかし、江渕さんはそれも断った。安田は、そのことをあなたに話して50万を払い続けるように要求した。いいかげん嫌気がさしていたあなたは公にすることで逃れようとした。が・・・体を許したことでまた、ユスられている・・・」

「わたしは、もうだめね・・・」
 

そう言って、頭をテーブルにこすりつけた。
 

「50万を払っていた証拠は残っていますか?」

「いいえ・・・渡す時は現金で直接渡していたから・・・」
 

可南子は、不思議そうな顔をしていた。
 

「安田のことはだいじょうぶ・・・心配しないで僕に任せてください」
 

何をすべきかわからなかったが、そう言うしかなかった。
必ず、可南子を護る決意でいた。
わたしは、可南子の肩に手を置いた。
泣き止むまでずっとそうしていた。

扉の開く音がして振り向くと、まだ寝ぼけ眼ののりこが立っていた。
 

「ママ、コーヒー沸いてる?」
 

重苦しい空気がいっぺんに吹き飛んだ。
 

「遅いぞ、のりこ」

「だって昨日疲れちゃったんだもん。」
 

のりこの笑顔は天使のように純真だった。

 

 わたしは、二人を残してでかけた。
もう11時になっていた。

まず、安田の居所を調べなければならなかった。

マンション前の電話ボックスから就職出版社に電話をかけた。
 

「わたくし佐々木と言いますが、安田さんをお願いします。」

「安田と言いますと・・・営業二課と編集部に二人おりますが・・・」

「いや、確か運転手だったと思いますが・・・」

「申し訳ございません。その安田でしたら二年ほど前に退職しておりますが・・・」

「そうですか・・・それは困ったな。実は、安田さんのお母様が今朝方お亡くなりになりまして、どうしても連絡を取りたいのですが・・・」

「わかりました。このまま少々お待ちください。」
 

2分ほど待った。
そして住所と電話番号を聞き出した。

住所は、高円寺・・・行ってみたが当然のことながら既に引っ越していた。
田口に電話した・・・1時間待って突き止めた。

安田は、錦糸町に住んでいた。

廃家となった工場の2階の事務所に寝泊まりしていた。

わたしは、GパンにTシャツその上に革ジャンを羽織ってサングラスをかけていた。
目立つかもしれないし、錦糸町なら目立たないかもしれないし・・・

まわりには誰もいなかった。
気持ち悪いほどの静寂の中で遠くの方から下町の喧噪(けんそう)が効果音として時折インサートされる。
何か杭を打つ音がそれに調子を合わせてリズムを打っている。
革の手袋をはめるとドアノブに手をかけた。
ゆっくりと押しやって工場に入ってゆくと1階は整然としていた。
しかし埃だらけだった。
歩くとくっきりと足跡がついた。
穴の空いた天井からいくつもの光の筋が落ちていた。
いわゆる吹き抜けになっていて壁に沿って鉄のむき出しの階段が2階へと続いていた。
壁にチェーンがかかっていた。
チェーンをはずして右手に巻き付けると、わたしはゆっくりと階段を上った。
ギシッギシッと階段がうなり声を上げる。
2階は、もともと事務所だったのだろう。
ドアには30センチ角のガラスがはめ込んであった。
そこから、中をのぞいた。
ソファで毛布にくるまって寝ている男がいた。
2階は1階と違ってゴミだらけで雑然としていた。
そっとドアを開けて中に入った。
窓は天井に一つあるだけだった。
光の筋にそって埃がもうもうと舞っていた。

男は上半身裸だった。
年齢は40くらいだろうか、でっぷりと太っていた。
髪はかなり後退している。
この男とどんな気持ちで・・・アドレナリンが一挙に体中を駆け巡る。
足下のブリキでできたゴミ箱を思いっきり蹴飛ばした。
男は飛び上がってソファの後ろに隠れた。
 

「おまえが安田か?」

「なんなんだおまえ・・・?」

「おまえが安田か?」
 

男は、足下にあった一升瓶を拾うと突進してきた。
足払いを食らわせるとゴミの山につっぷした。
男は起き上がるとまたつかみかかってきた。
そこで左のあごにチェーンを巻き付けた右手でカウンターを一発ぶち込んだ。
腰からくずれてしゃがみ込んだ。
首根っこを捕まえて立たせると膝でみぞおちを蹴り上げた。
男はたまらずゲーゲーと吐いた。
男のズボンがゲロだらけになった。
わたしはかまわず顔面を蹴り上げた。
今度は血だらけになった。
その血だらけの顔面に立て続けに右のパンチをぶち込んだ。
 

「江渕可南子を知っているな・・・」
 

わたしは努めて冷静に低い声で言った。

男は怯えながら頷いた。
 

「これ以上、可南子につきまとったら・・・死ぬぞ。」
 

男は後ずさりしながら命乞いした。
 

「いいか、可南子のことは忘れろ・・・いいな?」
 

目に涙をうかべながらわかったと唇は動いたが声にはならなかった。
 

「聞こえない・・・」

「わ、わかった・・・」

「お前は、可南子を知らない。そうだな?」

「・・・そうだ・・・し、知らない・・・」
 

絞り出すようにやっと答えた。

わたしはまだ許す気になれなかった。
この手の(やから)は口先だけだ。

右腕を一気にへし折った。
男は気を失った。

 

 工場を出るとわたしは再び田口に電話をした。
そして安田が江渕をユスっていたということだけを話した。
そして、犯行現場近くのコンビニから発送された宅急便を調べるよう伝えた。

次に私は麻由美に電話をかけた。
無性に麻由美に会いたかった。
幸いに麻由美は家にいた。

錦糸町からタクシーで30分ほどだった。
海の匂いがたかぶった神経を落ち着かせてくれた。

麻由美は、髪をうしろに束ねていた。
白いロングのプリーツスカートに白のTシャツを着ていた。
 

「やぁ・・・」
 

他に何と言っていいかわからなかった。
麻由美は笑顔で応えた。

空きっ腹にはこたえるいいにおいが部屋中に漂っていた。

そう言えばもう3時なのに昼食をとっていない。
 

「お昼まだなんでしょ・・・」
 

ぐーっとおなかが鳴った。
麻由美がキャッキャッと声を立てて笑った。

スープにパスタ、それにサニーレタスとトマトのサラダが並んでいた。
 

「おいしそうだな。このスープはなんだい?」

「特製のクラムチャウダー、それにこれがウニを絡めたパスタ。」

「俺が電話して30分で作っちゃったのかい?」

「そ、女も30を過ぎるとね、手際が良くなるものなのよ。ね、ベランダで食べない?」

「いいね・・・」
 

穏やかな日差しを浴びながらのんびりと貨物船を眺めているのもいいもんだ。

記憶を失ってからすさまじい勢いで空白を埋めて来たので少々ここいらでブレイクタイムだ。

お互いに話すことはなかった。
麻由美はワインを片手にじっと海を見ていた。

のんびりと幸福な時間が流れていった。

 


3月12日
 

いつもの儀式を終え8時に愛車カルマンギアのご機嫌を伺った。
今日は、バッテリーを替えたせいかすこぶる機嫌がよく、一発でエンジンがかかった。

のりこはグリーンのタータンチェックのキュロットにボタンダウンのシャツ、その上に黄色のVネックのセーターを着てマドモアゼルノンノンと書かれたブルゾンを羽織っていた。

靴はベージュのデザートブーツ・・・女の子のこういうコーディネーションはかわいいなと思った。

晴海の絵里子のマンションを行き過ぎて一つ目の信号手前の電話ボックスの前で車を停めた。

のりこはマスコミが張り込んでいないことを確認すると電話ボックスから電話をかけた。

マモル君は黄色いリュックを背負いブルーのつばつきの帽子をかぶっていた。

横断歩道をスキップしながらかけてきた。のりこに手を引かれすっかり仲良くなっていた。
 

「やぁ、マモル君こんにちは。」

「あ、おじちゃん!」
 

そう言って私に飛びついて来た。
 

「ごんべぇさん、すごい!マモル君に気に入られちゃった。マモル君て、人見知りして大変なの。」
 

私は、できるだけマモルの目線に近づこうとしゃがみこんで頭をなでながら言った。
 

「そうか、マモル君今日は楽しく遊ぼうな。」

「うん!」
 

マモルは、私のことをまるで父とでも思っているかのようになついた。
やはり、子供には父も母も必要だということか・・・

私は、のりこのナビゲーションで言われるがままに運転し新木場から湾岸自動車道に入り浦安で下りた。すでに駐車場も長蛇の列ができていた。
係員の誘導を無視してマモルのリクエストのミッキーマウスの前に駐車した。

私たちは、大きくうねる人波に呑み込まれるようにデズニーランドの中に入った。
 

「さ、まずどこに向かえばいいのかな?」

「そうね、本当ならスペースマウンテンと言いたいところだけど、マモル君にはまだ無理だよね・・・カリブの海賊かな、そうと決まったら、さ、走ろ!」
 

えっ走るの?

わたしは、マモル君をおぶって約300メートルを全力疾走、これにはさすがのわたしもこたえた。
それからさらに30分並んで、乗ったのは、わずか5分足らず。
 

「あー、面白かった。ね、マモル君。」

「うん!」

「次はどこにしようか・・・そうだ、ジャングルクルーズはどう?」

「うん!」
 

のりこは、もうすでに10回以上もきていると言う。
回る順番も心得ているらしい。

のりことマモルは3年間の姉弟のブランクを埋めるかのように楽しんでいた。

二人を見ていると微笑ましくもあり、うらやましくさえ感じた。
私には、兄弟はいるのだろうか? 
もし、いるのなら妹が欲しいと思った。

12時になると私たちは園内のレストランで昼食をとった。

マモルの口の周りをナプキンで拭き取りながらのりこが言った。
 

「マモル君、今日はたくさんお土産を買おうね。」

「うん!」
 

そしてありったけのぬいぐるみとミッキーやドナルドの帽子を買った。
 

「こんなに買って、もう持てないよ。」

「まだまだよ。ね、マモル君。」

「うん!」

「マモル君は、“うん!”だけだな。」

「うん!」
 

のりこが吹き出した。
わたしも、無垢な二人を見て笑った。

夜の7時になって私たちは帰ることにした。

すでにマモルは私の背中でかわいい寝息をたてていた。
 

「花火も見せてあげたかったんだけどな・・・」

「遅くなると絵里子さんが心配するから。」

 

湾岸道路を木場で下りて絵里子のマンションに着いたのは7時半頃だった。
 

「ごんべぇさん、だめ・・・マスコミが張り込んでいるわ。」
 

車を停めた。

暗がりに3つの赤い光の点が上下左右に動いている。
 

「おれが彼等の気を引きつけるから、様子を見て走って入るんだぞ。」
 

のりことマモルを下ろした。

ふたたび車を動かした。
彼等の気を引くように今度はできるだけゆっくり走った。
横を通り過ぎる時にその赤い点の正体がたばこであることがわかった。
カメラを持った男を含めて3人がマンションの反対側に張り込んでいた。

男達がこっちを見ている。

私は、マンションを行き過ぎて喫茶店の前で車を停めた。
横断歩道をわたって男たちに近づいた。

カメラの照準が私に向けられた。

その瞬間、小さな二つの陰がマンションに消えたのが見えた。

性格のいい連中と付き合っているわたしにとって、彼らは明らかに違う部類の人種のように思われた。
カシャカシャとシャッター音が鳴り響く。

わたしはかなり気に入らなかった。
脳の奥の方で何かのスイッチがオンになった。

わたしは、3人の顔をなめるように見た。

それは、かなり挑発的だったに違いない。

一人が、くわえていたタバコを道に投げ捨てた。
火花を散らしながらアスファルトの上で小さくバウンドした。
 

「いけないな、道路を汚しちゃ・・・拾えよ。」
 

そいつは、吸い殻で汚れた道路に目をやった。
下を向いた瞬間、膝で顔面を蹴り上げた。
後の二人が後ろに飛び退いた。
鼻血が飛び散り目は朦朧としていた。
さらに頭突きをくらわせた。
 

「何をするんだ!。」
 

後の二人が言った。
 

「悪いな、道路を汚されたんでね。嫌いなんだ、そういうの。」
 

不意のことで驚いたようだったが、二人はお互いに顔を見合わせ、いきなりわたしに殴り掛かってきた。

次の瞬間、目の前に3人が倒れていた。
一人は顔面血だらけで、一人は股間を押さえてのたうち回っている。
そして、もう一人の腕は完全に反対を向いていた。

わたしはどうやって殴り倒したのかわからなかった。
右の肩がジンジンした。

カメラからフィルムを抜き取ると急いで車に戻った。

ドアを閉めると同時にのりこが戻って来た。
 

「今、送ってきたわ。ね、肩痛むの?」

「大丈夫。でも、高木ってボクシングをやっていたらしいぞ。」

「えっ?」
 

わたしは、急いで車を発進させた。
警察沙汰になってはまずい。
 

「いけない・・・あわてていてマモル君にお土産渡すの忘れちゃった。」
 

20分も走ったところでのりこが言った。
 

「ね、あそこのコンビニの前で停めて。」

「どうするんだ?」

「宅急便で送るの。」

「コンビニから宅急便で送れるのか?」
 

のりこは頷いて車から降りた。
紙袋をいくつか買ってその中にお土産を入れた。
大きな熊の縫いぐるみは専用の入れ物を使った。
 

「簡単なんだな。」
 

わたしが言った。
 

「そ、簡単でしょ。」
 

わたしの頭の中でこんがらがっていたものがほどけだした。
 

「つまり、自分の家にも送れるってことだよな・・・?」

「そんなの常識だよ。今は旅行先から自宅にお土産や荷物を直接送って手ぶらで帰ってくる時代なんだから・・・」

「コンビニならどこでも扱っているのか?」

「たぶんね。」
 

青山のマンションについたのは9時を過ぎていた。

まず、シャワーを浴びた。
ダイニングに行くと可南子が冷たいビールを出してくれた。
その間にのりこがシャワーを浴びていた。

そして、電話が鳴った。可南子が出た。
 

「いい加減にして!」
 

押し殺した声でそれだけ言うと切った。

可南子の顔がひきつっていた。

わたしは、どうしたのかと目で言った。
可南子はなんでもないと首を振った。

そこに頭にバスタオルを巻き付けたのりこが入ってきた。

可南子が笑みを作って言った。
 

「レモンソーダ飲む?」

「うん!」

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