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 橘恭平は、スタジオに入るなりセットが気に入らなかった。

恭平は、日本を代表するテレビコマーシャル界の奇才である。

42歳・・・演出家として一番脂が乗っているはずの年齢・・・しかし、世界のクリエイターから最も注目される演出家として数々の作品を送り出して来た彼も今は過去の栄光の残り香で生きていた。

 

 外からの光に照らし出された細かいチリがキラキラと浮遊している。
まるで顕微鏡で覗いたアメーバのようだ。

これが自分の肺に入ってゆくのはたまらないと、神経質に口をハンカチで押さえていたのはもう遥か遠い昔の事だ。
でもレンズの前のホコリは霧吹きで消える・・・業界では当たり前の数多くのテクニックを吸収しながら、ひたすらフィルムに焼き付けられた映像に集中して来た。
 

・・・そろそろ・・・

終わりだな、オレも・・・もう,あの頃の情熱はなくなった・・・

 

 その時、恭平のポケットに入った携帯が突然震えだし突っ込んだ右手に怒りと蔑みを伝えた。
たぶん朝子の母親からの電話だろうと、今日8回目の無視をした。

恭平は、ひとつ大きなため息をつぃて予定しているカメラ位置に立った。
セットに向けてライトを一灯つけるよう照明助手に指示をするとプロデューサーの佐々木を呼んだ。

誰かと携帯で話している最中だった佐々木は、仕方なく携帯を閉じると、これ見よがしに若い制作に時間がないぞ!と怒鳴ってから近づいて来た。
恭平から何を言われるのかすでに予測しているようすだ。
 

「セットが打ち合わせ通りじゃない。今すぐ塗り直させてくれ。」
 

この仕事は、乗り気ではなかったがクライアントからの直接のご指名ということで引き受けた。
その期待を裏切りたくないという意地だけが恭平の背中を押している。
 

「ちょっとちょっと・・・勘弁してよ、橘ちゃん。今から塗り直すだなんて・・・そんなにたいした問題じゃないだろ・・・?」
 

「・・・」
 

佐々木は、顔を寄せて来て小声で言った。
 

「テレシネで、ちょっと調整できないかな・・・」
 

「できない。」
 

間髪入れずに答えた。
恭平も佐々木の出方をあらかじめ予測していたのだ。

テレシネとは、撮影したフィルムをビデオに変換する作業の事を言う。
その際に、色調整も行われる。
佐々木は、その時に色を変えればいいと言っているのである。

恭平は、ゆっくりと佐々木の方に顔を向けた。
 

「これじゃ商品が目立たない。商品がイエローなんだから、背景は寒色系で統一してくれって、何度も言ったはずだ。パントーンのチップまで貼って色指定したのは何のためだったんだ!」
 

大きな声を出したのでスタジオ特有のざわめきが一瞬フリーズした。
浮遊していた埃さえも・・・

佐々木が恭平の袖をひっぱって外に連れ出す。

釘を打つ音が遠ざかり重いドアの閉まる大きな音が恭平の心の扉に鍵をかけた。
 

「だけどさ、撮影はもう明日なんだから・・・なんとか頼むよ。
今日プリライト(事前に基本的なライティングをすませておくこと)を済ませておかないと・・・明日は、タレントの入りが8時なんだからさ・・・」
 

「とにかく、徹夜でもなんでもさせて間に合わせてくれ。撮影部と照明部は、今日はもうバラして・・・プリライトは明日の朝6時にやればいい。どうせヘアメイクに時間がかかるんだ、必ず9時にはカメラ回せるから。」

 

 恭平は、朝からイライラしていた。
今日4月2日は、妻であった朝子が子宮癌で亡くなった日。
あれから、まる2年になる。

2年が経ったというのに、恭平は未だ立ち直れずにいた。
気持ちの整理がつかないままに時は流れ、恭平だけが一人過去に取り残されているのである。

まるでエスカレーターを逆走する子供のように・・・そうすれば過去に戻れると思っているのかも知れなかった。
 

 当時朝子は、恭平の子供を宿していた。
結婚して5年目で、二人にとってやっと出来た待望の子供だった。
しかし、4ヶ月という診断とともに癌が発見され妊娠を喜ぶことさえ出来なかった。
既に手遅れで子宮を摘出して女である事を捨てただけでなく、母になる事も、妻である事も許されなかった。癌の転移が広範囲にわたっていたのだ。
 

 今日はその朝子の3回忌。
本来なら、夫である恭平が親戚を迎えなければならない。
しかし今、それを避けるようにスタジオにいる。
恭平は朝子と過ごしてきた日々を、単なる思い出話として親戚たちと分け合う気になれなかったのだ。
 

 法事の準備を何もしない恭平を見かねて、かわりに朝子の両親がやっとの思いで世間体を取り繕ったにもかかわらず、当の恭平が出席しないのではもはや弁解の余地もない。
 

・・・どうでもいい・・・

死んだ朝子は、もう戻ってこない・・・

 

 1985年・・・恭平は、朝子と大学の広告研究会で知り合った。
ふたりは日本の広告、海外の広告についてよく語り合った。
 

「ね、恭平・・・どうして、日本の広告は海外で賞を獲れないのかしら?」
 

いつもふたりが入り浸っていた青山にあるオープンカフェ『ロコ』。
木立に囲まれたパティオがあり、夏は特に風が気持ちよく、一日のほとんどをそこでしゃべりながら過ごした。

強い日差しを遮るために空一面を覆った木の葉のやさしさや・・・熱を吸収し夏の香りを漂わせる土の肌触りがふたりには合っていた。

店員のユニフォームがアロハだったせいで、その頃はまだ実際のハワイには行ったことはないふたりだったが、ハワイの心地よさが肌に感じられるお気に入りのカフェだった。

朝子は、いつも恭平を質問攻めにした。

しかし恭平にとって、それは決して苦痛ではなく、むしろ楽しんでいた。
朝子のその飾らない素直な好奇心のおかげで、恭平はちゃんと自分の意見、考え方を持てるようになったのだ。
 

「それは、日本と欧米の根本的な文化の違いなんじゃないかな。」
 

「例えば?」
 

「例えば、日本人は行間を読む。欧米人にはそれがわからない。欧米は特に契約社会だから、きちんと伝える必要があるけれど、日本では曖昧だよね。あうんの呼吸なんて言葉は、欧米にはたぶんないんじゃないのかな。だってさ、欧米人の会話では、誰かが意見を述べると、相手はWhy?と必ず聞くし・・・いや、聞かれなくても、Because,と言って話を続けるよね。それがそのまま広告にも現れている。欧米の広告は、ベネフィットや伝えたいことにちゃんとフォーカスを当てていて、それをアイデアの核にしている。だって、どうして?って、聞かれるのが最初からわかっているから・・・」
 

「でも、それじゃつまらない広告になっちゃわない?」
 

「だからこそクリエイティビティが問われるんだよ。そのあとに、“なるほどっ!”っていう思いもよらない結末に導いてゆく・・・だから、行間で作られている日本のコマーシャルを欧米人に理解させるのは難しい。出しゃばらない日本人の奥ゆかしさは到底理解されない。だから日本の広告は海外で賞を獲れないんだと思う。音を消して見てみるとそこには何も表現されていないことがよくわかるよ。本当なら映像だけでコミュニケートできる広告を目指すべきなんだ・・・かえってその方がコピーが効くと思うんだよ。」
 

「たしかにそうよね・・・そういえば、日本のコマーシャルは、実際には目立つだけで、購買には結びつかないと思うんだけど、タレントものが多いわよね。う〜ん、どうしてなの?」
 

「カンヌのCMフェスティバルに行ってきた人から聞いたんだけど、同じタレントが複数の広告に出てきて・・・さっき車の広告に出ていたかと思うと今度は化粧品・・・その度にブーイングが起こるんだってさ。すごくはずかしかったって言ってた。日本では旬なタレントなんだろうけど、海外じゃ知られていないんだからね。だいたいそんなコマーシャルを出品する神経がわからない。なにを評価してもらうつもりだったのか・・・?

そもそも日本のCMフェスティバルってさ、エリマキトカゲのCMをグランプリにする国だよ。だから、クリエイターだけでなく審査員自体が、広告って何なのかをよくわかってないのかもしれない。何のコマーシャルだったか、覚えてるかい?」
 

「そういえばそうね・・・なんだったかしら?・・・」
 

「車だよ。・・・信じられる?さっきも言ったように音を消してみるとわかる。ただエリマキトカゲと車が走っているだけなんだもの。未だに何を訴求したかったのかがわからない。ほとんどの日本人が、エリマキトカゲの存在に驚いただけのCMだった。グランプリじゃなくて話題賞というならわかるけどね。」
 

「私が覚えているカンヌで賞を獲った車のコマーシャルは、なるほどなって思ったわ。それはね、テニスの格好をした男の人が後ろのハッチバックを開けてテニスをはじめるの。ちゃんとボールが打ち返されてくるんだけど、それってスペースが広いってことが言いたかったのよね。」
 

「そうそう、それ僕も覚えているよ。コピーは、ほとんど入っていなかったよね。それなのに、伝えたいことはなんなのか、ちゃんとわかる。確かに広告ってエンターテーメントじゃなきゃだめだと思うけど・・・それだけじゃいけないと思うんだ。広告代理店が悪いんだよ。アイデアの出しかた、発想のしかたがわかっていないんだと思う。いかに目立つかということばかり考えていて消費者に何を伝えるべきか・・・どう伝えるべきかを発想の原点にしていない。」
 

「それってむずかしいよね。」
 

「もちろんさ、そんなに簡単なことじゃない。」
 

「そもそもコミュニケーションてなんなのかしら?」
 

「伝えることじゃなく・・・伝わること。」
 

「どういうこと?」
 

「例えば・・・僕が君に、明日君の弟に『僕のデスクの上に花を飾っておくように伝えてくれ』と頼んだとするよね・・・でも君の弟はファミコンに夢中になっていて君の話を上の空で聞いていた・・・だから案の定僕のデスクには花は飾られていない。当然僕は君に『君はちゃんと弟に僕の伝言を伝えたのか?』と聞く。君は『もちろん、ちゃんと伝えたわ。』と答える。この場合、君は伝えたつもりだけど、実際には伝わっていなかったということになる。つまりコミュニケーションてさ、メッセージを伝える事ではなくメッセージが伝わるということ・・・そして、相手が行動を起こすということなんだ。」
 

「そうか、じゃぁ広告は一方通行ではなく、相互通行にすることが大事なのね・・・?」
 

「そう、それにはまずターゲットがどんな人かを知る必要がある・・・僕は、君がホラー映画が嫌いな事を知っている。だからその手の映画に君を誘わないでしょ。」
 

「へぇーつまりわたしは恭平にとってターゲットってわけね、結構考えてんだ。じゃぁ、結局日本の広告をだめにしているものって何?」
 

「日本の広告賞・・・広告賞の審査員を務めているコピーライター養成学校の先生から聞いた話だけど、クライアントからちょんちょんって肘でつつかれて『よろしくな』って言われたら、票を入れないわけにはいかないって・・・審査員の気持ちをつかむんじゃなくて、消費者の心をつかむべきなのにね・・・それに元広告寸評編集長の青野幸男。広告のこと、何もわかっていないのに知ったかぶりをしてテレビでベラベラしゃべってる・・・本当にはずかしい。彼の場合は広告をエンターテイメント・・・と、してしか見てない。どんなアイデアが商品を売るか、といったことなど分析してないよね。面白いとか面白くないとか、そういうレベル。そんなこと、子供だって言えるじゃない。」

 

・・・それにしても・・・

あのころの僕らは熱かったな・・・この先、自分が熱くなる事はあるのだろうか・・・気持ちが空回りし、周りに当たり散らしている自分を見て朝子はどう思うだろうか・・・

 

 若かったけれど恭平にとって朝子は同志。
今の恭平がこうして演出家でいられるのも、朝子がパートナーでいてくれていたおかげだ。
それ以来、恭平はカンヌではグランプリと銀を二つずつ獲った。
IBAも獲ったし、CLIOやニューヨークフェスティバルでも金を獲った。
Directors of the yearにも選ばれた。

そう、獲っていないのは日本の広告賞だけだった。
獲れる訳がない、出品していないのだから。

 

「ったく、えらぶってんじゃねえよ。昔はどうだったか知らないけどさぁ、橘って、もう過去の人なんだろ?・・・」
 

恭平は、聞こえないふりをした。
その通りだったからだ。
朝子が死んだあの日に、恭平も死んだのだ。
最高のパートナーを失った今、未だにこうやって仕事が来るだけでもありがたいのかも知れない。
だからといって、あのセットを塗り直させないわけにはいかないと思っている。
 

・・・妥協するくらいなら・・・

引退するさ。
朝子だってそう言うに決まっている・・・

 

 今恭平は、消えかけているプライドと意地と最後のあがきをかろうじて灯して生きているのだ。