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 それからというもの、ふたりは何回か仕事で一緒になることがあり、たまに家まで送ったりしながらお互いの身の上を詳しく知るようになった。

美奈は休みの日に突然やって来て、一日中恭平の部屋にいることもあったし、相変わらずキッチンに入ることはなかったが掃除もした。
そして何より恭平は、美奈の仕草に見え隠れする朝子の面影への戸惑いがなくなりはじめていた。
逆に朝子のようにタイミングのいい的確な助言を求めるようになっていた。
 

「橘さん、美奈です。ちゃんと食事してますか?」
 

携帯に連絡があった。
 

「あぁ・・・ちゃんと食べてるよ。」
 

「よかった。明日の午後には帰るので、お夕飯は、私のマンションで一緒に食べませんか。」
 

 次の日、恭平はロケハンからの帰り道に思わぬ渋滞に巻き込まれて、結局美奈のマンションに着いたのは夜の7時を過ぎていた。

ドアを開けるといつも美奈の笑顔が迎えてくれる・・・その笑顔に恭平はどれほど癒されただろう。
インターフォンを押してドアを1センチほど開けると、その隙間から明かりが漏れてきた。
いつもの笑顔はそこにはなかった。
一気にドアを開けて入ると、キッチンの方から味噌汁のにおいが漂ってくる。
こちらを振り返った美奈の髪がフレアスカートのように一瞬広がり、そして収まる。
流れるようなハープの効果音を付けたいくらいに光の筋が滑らかに移動する。
美奈の髪は美しい。
いつも美奈の髪に触れたいという衝動に駆られるのだが、そこまでの勇気は恭平にはなかった。
 

「おかえりなさい。遅かったんですね。」
 

ほっとする天使の笑顔が、恭平の疲れを吹き飛ばす。
 

「ごめん、だいぶ待たせたみたいだね。」
 

「1時間くらい前かな? でも今日は、簡単なものしか作ってないの。なんか無性にお味噌汁が飲みたくって・・・それと納豆とお魚はきんきの煮付け、後は・・・芥子菜のおひたしだけ。健康的でしょ。」
 

美奈は、恭平の健康のために調味料にもこだわった。塩は天然塩を使う。
それに醤油も高松から取り寄せている。
決して砂糖は使わず、みりんだけだ。
だから素材の味が生きている。
 

「それとね、焼酎を買ってきました。」
 

「すごい。佐藤の黒じゃないか。」
 

「ロックでしたよね?」
 

 美奈が作る料理は、おふくろの味がすると恭平は感じていた。
母親がしっかりと教育したに違いない。
若いのにどこか古風なところもある。
細かいところによく気がつく。
そしてなによりも、年の差を感じないから、一緒にいて疲れないのがうれしいと思っていた。