2月17日
 

 わたしが第2の人生をスタートさせてから10日が経っていた。
東京港区にある彼女のマンションは警備が厳しく、オートロックで外部のものがむやみに入れないシステムだ。
部屋は、5つの洋室と20畳ほどのミニバーのついたリビングで、全体で約200平方メートルはあるように思われた。

ここは可南子夫人の持ち物だった。
表札も婦人の旧姓となっている。
江渕家としての本宅は白金にあるらしいのだが、例の事件でここをいわゆる隠れ家として使っていた。
しかし、

江渕譲氏本人は全国8カ所の別荘のうちのどこかに身を隠しているらしい。
わたしにあてがわれた部屋からは眼下に狸穴坂が見えた。
後にアメリカンクラブ、隣にソ連大使館、ロケーションとしては最高の場所だった。

名前のないわたしのことを彼女たちは“ごんべえさん”と呼んでいた。
これは、田口巡査がつけた名前だったが、はっきり言ってあまり気に入らなかった。

「ごんべえさん、ちょっと外に出てみない…」

のりこは、ジーンズにTシャツ、そのうえに皮ジャンをはおっていた。
元気なのりこに手を引っ張られて表に出た。

 

 東京は、やはり初めてではなかった。

しかも、わたしはこの町を覚えている。
ひとつひとつ確認するように歩いた。
飯倉の交差点、露天、ロアビル、アマンド、この道は何度も、何度も歩いている・・・それがいつのことだかは覚えていないが・・・きっと自分を取り戻せる。そう確信した。
 

「ありがとう、のりこ」

「えっ、何が?・・・へんなごんべぇさん。」

「いや、なに・・・少し光が見えたのさ。ところで、のりこ、学校にはまだ戻らないのか。」

「うん、まだそんな勇気ない。」

「そうか、あせることはないさ。」

「なんかごんべえさん。明るいね。」

「のりこは?」

「ふっ切れた、といえばウソになるかな。わたしね、パパのこと大好きだったの。」

「過去形?」

「いや、今でもパパのこと好きでいたい。でも、今いちばん気になっているのは、マモル君のことなの…」

「マモル君て、お父さんの…つまり愛人との間にできたという…」

「でも、わたしの弟…」

「確かに…そうだね」

「わたし、マモル君に会いたいと思っているの。会ってどうなるという訳じゃないけれど。わたしがついているからねって、わたしたちふたりっきりの姉弟なんだからねって言ってあげたいの。」
 

のりこは、目にいっぱい涙をためていた。
私はそっとのりこの肩を抱いた。
のりこの優しさがこぼれないようにだいじに抱いてやりたかった。

わたしたちは、防衛庁を過ぎて乃木坂にさしかかっていた。
TOKIO  CITY  NEWSの前に来た時に、「やあ、ひさしぶり。」と手をふって走り去った車がいた。
 

「えっ、おれ?」
 

のりこと顔を見合わせた。
のりこは“わたしの知り合いじゃない”と言った。
確かにわたしに向けられた声だったのだ。
 

「ちょっと、待ってくれ!」
 

車は交差点を曲がって消えた。