3月1日
 

のりこのマンションに世話になりはじめてから2週間が過ぎようとしていた。
この2週間の間に、わたしが、わたし自身を見つけることはできなかった。

そして、あの田口巡査から電話があったのは

それからさらに2日が経った3月3日のことだった。
 

「やぁ、ごんべぇさん。私です、田口です。わかりましたよ!」
 

相変わらず元気そのものだった。
 

「あなたは、高木・・・高木圭吾さんです。年齢は32才・・・目黒区柿の木坂に住んでいました。TOKIO CITY NEWS政治部の記者です。」 

TOKIO CITY NEWS・・・そうか、それで・・・しかしどうしてわかったんです?」

「それが、あなたが浜に打ち上げられた時に、東京から来ていたサーファーたちが、あなたの救助を手伝ってくれたのですが・・・実は、そいつらをもう一度調べたんですよ。そしたら持っていたんです・・・その中のひとりが、あの時のどさくさに紛れて、あなたの札入れと免許証、そのほか一切合切を抜き取っていたんです。」

「そうですか・・・たかぎけいご・・・ま、悪くはないですね・・・」

 

いつまでも“名無しのごんべぇ”じゃ困るからな・・・と心の中で呟いた。
 

「どうですか・・・? 何か思い出せそうですか?」

「本当に助かりました。明日さっそく会社の方へ行ってみます。しかし・・・なんてお礼を言ったらいいのかな・・・」

「これが僕の仕事なんですよ。ところで、ゴンベェさん・・・失礼高木さんでしたね・・・実は私、来週から東京勤務なんです。刑事として。」

「すごい! 栄転じゃないですか・・・それはおめでとう・・・そうだ、来週一度連絡をくれませんか・・・のりこもきっと会いたがると思うし・・・お礼も含めてお祝いしましょうよ。」

「ぜひ、お会いしたいです。私もこれから東京で一人暮らしなんて寂しいですからね。」

それは、私も同じだった。田口巡査・・・いや、田口刑事は、私にとって心強い男だった。

 

母親と一緒に買い物に行っていたのりこが帰って来たのは、夕方の6時を過ぎていた。
 

「ごめんね、おなか空いたでしょう? 今作るから待っててね。」
 

可南子とのりこは毎日二人で買い物に出かけた。
今度の事件で二人の親子関係は揺ぎないものとなっていた。
 

「のりこがね、ゴンベェさんにごちそうを作るんだって張り切っていますのよ。

いっそのことお嫁さんにしてもらおうかしら・・・」
 

そう言って、私に軽くウインクした。
 

「ママったら、バカなこと言わないでよ、まったくもう・・・今日はひな祭りなのよ。ただ、みんなで楽しくしたかっただけ。」
 

ムキになっているのりこをからかっている可南子もまた楽しそうだった。
そんな二人を見て言うか言うまいか迷ったのだが・・・
 

「あのさ・・・ちょっと二人とも聞いてくれないか?」
 

不安そうな目が四つ、私の唇の動きを見つめている。
 

「さっきね、田口さんから電話があったんだ。僕のことがわかったって・・・僕は高木圭吾といってTOKIO CITY NEWSの記者なんだって・・・といってもなんだかピンとこないけどね・・・」
 

自分が誰かわかったところで記憶がよみがえった訳ではないのだが・・・
 

「・・・そう、よかったね。」
 

最初に口を開いたのはのりこだった。
 

「それで・・・どうするつもりなの?」

「とにかく、明日会社に行ってみようと思うんだ・・・何か思い出すかもしれないし・・・まずは、それからさ。」

「でも、しばらくはここにいるんでしょ? まだ、ひとりじゃ無理なんだから。」

「ありがとう・・・でもいつまでも迷惑をかける訳にもいかないし・・・」

「私たちは、いつまでいていただいてもかまわないんですよ。かえってそうしていただいたほうが、女所帯にはなにかと心強いし・・・ね、のりこ。」

「そうよ・・・そうして、お願いだから。」

「ありがとう。どちらにしても今すぐどうこうする話じゃないし、とにかく明日、会社に行ってみてからのことだから・・・それから、田口さんが来週東京に来るんだ。これからは刑事として東京勤務だそうだよ。」
 

少し安心したのか、のりこの顔に笑みが戻っていた。
 

「それじゃぁ、なにかお祝いしなくちゃね。」
 

可南子が言った。
 

「そうね、私がごちそう作る。」