3月12日
 

いつもの儀式を終え8時に愛車カルマンギアのご機嫌を伺った。
今日は、バッテリーを替えたせいかすこぶる機嫌がよく、一発でエンジンがかかった。

のりこはグリーンのタータンチェックのキュロットにボタンダウンのシャツ、その上に黄色のVネックのセーターを着てマドモアゼルノンノンと書かれたブルゾンを羽織っていた。

靴はベージュのデザートブーツ・・・女の子のこういうコーディネーションはかわいいなと思った。

晴海の絵里子のマンションを行き過ぎて一つ目の信号手前の電話ボックスの前で車を停めた。

のりこはマスコミが張り込んでいないことを確認すると電話ボックスから電話をかけた。

マモル君は黄色いリュックを背負いブルーのつばつきの帽子をかぶっていた。

横断歩道をスキップしながらかけてきた。のりこに手を引かれすっかり仲良くなっていた。
 

「やぁ、マモル君こんにちは。」

「あ、おじちゃん!」
 

そう言って私に飛びついて来た。
 

「ごんべぇさん、すごい!マモル君に気に入られちゃった。マモル君て、人見知りして大変なの。」
 

私は、できるだけマモルの目線に近づこうとしゃがみこんで頭をなでながら言った。
 

「そうか、マモル君今日は楽しく遊ぼうな。」

「うん!」
 

マモルは、私のことをまるで父とでも思っているかのようになついた。
やはり、子供には父も母も必要だということか・・・

私は、のりこのナビゲーションで言われるがままに運転し新木場から湾岸自動車道に入り浦安で下りた。すでに駐車場も長蛇の列ができていた。
係員の誘導を無視してマモルのリクエストのミッキーマウスの前に駐車した。

私たちは、大きくうねる人波に呑み込まれるようにデズニーランドの中に入った。
 

「さ、まずどこに向かえばいいのかな?」

「そうね、本当ならスペースマウンテンと言いたいところだけど、マモル君にはまだ無理だよね・・・カリブの海賊かな、そうと決まったら、さ、走ろ!」
 

えっ走るの?

わたしは、マモル君をおぶって約300メートルを全力疾走、これにはさすがのわたしもこたえた。
それからさらに30分並んで、乗ったのは、わずか5分足らず。
 

「あー、面白かった。ね、マモル君。」

「うん!」

「次はどこにしようか・・・そうだ、ジャングルクルーズはどう?」

「うん!」
 

のりこは、もうすでに10回以上もきていると言う。
回る順番も心得ているらしい。

のりことマモルは3年間の姉弟のブランクを埋めるかのように楽しんでいた。

二人を見ていると微笑ましくもあり、うらやましくさえ感じた。
私には、兄弟はいるのだろうか? 
もし、いるのなら妹が欲しいと思った。

12時になると私たちは園内のレストランで昼食をとった。

マモルの口の周りをナプキンで拭き取りながらのりこが言った。
 

「マモル君、今日はたくさんお土産を買おうね。」

「うん!」
 

そしてありったけのぬいぐるみとミッキーやドナルドの帽子を買った。
 

「こんなに買って、もう持てないよ。」

「まだまだよ。ね、マモル君。」

「うん!」

「マモル君は、“うん!”だけだな。」

「うん!」
 

のりこが吹き出した。
わたしも、無垢な二人を見て笑った。

夜の7時になって私たちは帰ることにした。

すでにマモルは私の背中でかわいい寝息をたてていた。
 

「花火も見せてあげたかったんだけどな・・・」

「遅くなると絵里子さんが心配するから。」

 

湾岸道路を木場で下りて絵里子のマンションに着いたのは7時半頃だった。
 

「ごんべぇさん、だめ・・・マスコミが張り込んでいるわ。」
 

車を停めた。

暗がりに3つの赤い光の点が上下左右に動いている。
 

「おれが彼等の気を引きつけるから、様子を見て走って入るんだぞ。」
 

のりことマモルを下ろした。

ふたたび車を動かした。
彼等の気を引くように今度はできるだけゆっくり走った。
横を通り過ぎる時にその赤い点の正体がたばこであることがわかった。
カメラを持った男を含めて3人がマンションの反対側に張り込んでいた。

男達がこっちを見ている。

私は、マンションを行き過ぎて喫茶店の前で車を停めた。
横断歩道をわたって男たちに近づいた。

カメラの照準が私に向けられた。

その瞬間、小さな二つの陰がマンションに消えたのが見えた。

性格のいい連中と付き合っているわたしにとって、彼らは明らかに違う部類の人種のように思われた。
カシャカシャとシャッター音が鳴り響く。

わたしはかなり気に入らなかった。
脳の奥の方で何かのスイッチがオンになった。

わたしは、3人の顔をなめるように見た。

それは、かなり挑発的だったに違いない。

一人が、くわえていたタバコを道に投げ捨てた。
火花を散らしながらアスファルトの上で小さくバウンドした。
 

「いけないな、道路を汚しちゃ・・・拾えよ。」
 

そいつは、吸い殻で汚れた道路に目をやった。
下を向いた瞬間、膝で顔面を蹴り上げた。
後の二人が後ろに飛び退いた。
鼻血が飛び散り目は朦朧としていた。
さらに頭突きをくらわせた。
 

「何をするんだ!。」
 

後の二人が言った。
 

「悪いな、道路を汚されたんでね。嫌いなんだ、そういうの。」
 

不意のことで驚いたようだったが、二人はお互いに顔を見合わせ、いきなりわたしに殴り掛かってきた。

次の瞬間、目の前に3人が倒れていた。
一人は顔面血だらけで、一人は股間を押さえてのたうち回っている。
そして、もう一人の腕は完全に反対を向いていた。

わたしはどうやって殴り倒したのかわからなかった。
右の肩がジンジンした。

カメラからフィルムを抜き取ると急いで車に戻った。

ドアを閉めると同時にのりこが戻って来た。
 

「今、送ってきたわ。ね、肩痛むの?」

「大丈夫。でも、高木ってボクシングをやっていたらしいぞ。」

「えっ?」
 

わたしは、急いで車を発進させた。
警察沙汰になってはまずい。
 

「いけない・・・あわてていてマモル君にお土産渡すの忘れちゃった。」
 

20分も走ったところでのりこが言った。
 

「ね、あそこのコンビニの前で停めて。」

「どうするんだ?」

「宅急便で送るの。」

「コンビニから宅急便で送れるのか?」
 

のりこは頷いて車から降りた。
紙袋をいくつか買ってその中にお土産を入れた。
大きな熊の縫いぐるみは専用の入れ物を使った。
 

「簡単なんだな。」
 

わたしが言った。
 

「そ、簡単でしょ。」
 

わたしの頭の中でこんがらがっていたものがほどけだした。
 

「つまり、自分の家にも送れるってことだよな・・・?」

「そんなの常識だよ。今は旅行先から自宅にお土産や荷物を直接送って手ぶらで帰ってくる時代なんだから・・・」

「コンビニならどこでも扱っているのか?」

「たぶんね。」
 

青山のマンションについたのは9時を過ぎていた。

まず、シャワーを浴びた。
ダイニングに行くと可南子が冷たいビールを出してくれた。
その間にのりこがシャワーを浴びていた。

そして、電話が鳴った。可南子が出た。
 

「いい加減にして!」
 

押し殺した声でそれだけ言うと切った。

可南子の顔がひきつっていた。

わたしは、どうしたのかと目で言った。
可南子はなんでもないと首を振った。

そこに頭にバスタオルを巻き付けたのりこが入ってきた。

可南子が笑みを作って言った。
 

「レモンソーダ飲む?」

「うん!」